36 Profile─すずき あつのぶ 2006年,東京大学大学院総合文化研究 科博士課程修了,博士(学術)取得。 日本学術振興会特別研究員(PD),イ リノイ大学アーバナ-シャンペーン校 ベックマン研究所 客員研究員,名古屋 大学大学院情報学研究科 准教授など を経て,2017年より現職。専門は認知 心理学,実験心理学。著書に『社会活 動と脳』(分担執筆,医学書院)など。 この人をたずねて ■鈴木先生へのインタビュー ─対人認知研究とエイジング研 究という複数の研究テーマは,ど のようなきっかけで始められたの ですか? 大学院生時代は顔表情の認知の 研究を専門に行っていました。博 士課程にいたころ,昭和大学の神 経内科の河村満先生と共同で研究 をさせていただく機会に恵まれ, それはパーキンソン病の患者さん にご協力いただくものでした。こ の研究で対照群として健常高齢者 の方々にもご協力いただき,これ がエイジング研究に関わる最初の 契機でした。 この研究では,大学生を実験参 加者としたそれまでの研究とは 異なることが多く,「カルチャー ショック」を受けたものです。ご 参加いただいたのは実験慣れして いない一般の高齢者の方々ですか ら,分かりやすく教示を行うこと や,適宜世間話などをしてラポー ルを形成することが重要で,手続 きの面からすでにそれまでの研究 経験とはだいぶ違っていたことが 印象的です。 また,得られた結果も大学生と はかなり異なるパターンであっ て,非常に興味深く感じました。 さらに,その結果はエイジングに 関する先行研究とも整合的なもの であることが分かり,幅広い世代 の人々を対象にして心理学の研究 を進める重要性を実感しました。 加えて,大学院でご指導をいた だいた繁桝算男先生の研究室に は,計量・認知・人格・社会心理 学を専門とする院生が同居してい たので,多様な視点から研究を進 める示唆を得やすい環境にいたと 思います。 ─対人認知研究で明らかにした いこと,とはどのようなものなの でしょうか。 最近は顔から性格や能力などの 特性を推論するメカニズムにとく に関心があります。この話題の実 証的な心理学研究は少なくとも 1950年代にさかのぼることがで きますが,2000年代に顔画像解析 技術を駆使した研究などが脚光を 浴びてから,再び盛り上がってい る状況です。数年前までは顔の形 態的特徴とそこから推論される特 性(信頼性・支配性など)の間の 関係のユニバーサル性,つまり, 多くの人が同じ顔を見て似たよう な印象を抱きやすいという点が強 調されていましたが,近年は顔の 印象に無視できない個人差があ ることが注目されつつあります。 私の研究では,日本とアメリカで 「顔を見ればその人の様々な特性 が分かるという信念」についての 調査を実施し,この信念─人相 学的信念と呼んでいますが─に は時間的に安定した個人差がある ことを明らかにしました。また, この信念は性格の生物学的決定論 や公正世界信念と正の相関を持 つことも分かりました。つまり, 「公正で生物学的に決定された世 界では顔がすべてを語る」といっ たような素朴理論を一般の人々が 持っているのかもしれません。人 相学的信念については,最近オラ ンダでも類似の研究結果が報告さ れています。 一方で,こうした顔からの印象 は現実には誤っていることが多い ので,そうした誤りを学習するメ カニズムを,行動実験や脳機能イ メージング実験で検討していたり もします。 ─エイジング研究では,「成熟 説」というのもあるのですね。 いわゆる幸福感のパラドックス の背景となる考え方ですね。加齢 については認知機能の低下という 否定的な側面が注目されがちで すが,幸福感の世代間差を調べる と,高齢者の方が他の世代の人々 よりも平均的に高いという研究が あり,幸福感のパラドックスと呼 ばれたりします。この傾向の頑健 性や原因については諸説あります が,提案されているメカニズムの 一つが成熟説です。簡単に言え ば,高齢者は感情制御に多くの認 知資源を費やすので,不快感情を 東京大学大学院人文社会系研究科 准教授
鈴木敦命
氏
インタビュー
尾崎 拓
37 この人をたずねて 経験しにくいという仮説です。こ の考え方は,認知機能の低下とい う単調でネガティブな高齢者像へ のアンチテーゼでもあります。 私自身の研究では,表情認知課 題の成績が加齢によって一様に低 下するわけでなく,嫌悪の表情認 知の成績は若年者よりも高齢者の 方が良いといった結果を報告して います。この結果は,若年者が嫌 悪の表情を怒りの表情だと混同し がちであるのに対し,高齢者は若 年者よりもそうした混同をしにく い,という傾向を反映したもので す。まだ単なる憶測の域を出ませ んが,これは,若い時には他者か らの敵意を過度に見積もりやすい 一方,それが年齢とともに緩和さ れることを意味しているのかもし れません。 加齢と心の働きの間の複雑な関 係を示す実証的な証拠を提出する ことは,単調でステレオタイプ的 な加齢のとらえ方を変容させてい く一つの契機になるのではないか と思っています。ステレオタイプ 脅威のような現象を考えると,こ うした研究の積み重ねによって高 齢者に関する否定的ステレオタ イプが改まることで,高齢者が本 来のパフォーマンスを発揮できる 社会になればよいと期待していま す。それが,心理学が社会に対し てできる貢献の一つですよね。 ─新型コロナウイルス感染症の 流行で,ご自身の研究や教育には どのような影響がありましたか? 自分自身の実験や調査は,最近 はオンラインで実施することが 多かったため,あまり支障なく継 続できました。一方で,学部生の 卒業研究や大学院生の研究につい てはこれまで対面での実験の実施 がふつうだったので,それができ なくなり,オンライン実験への急 ピッチの移行に苦労しました。で すが,改めて勉強をしてみると, オンライン実験に必要なアプリ ケーションなどの充実ぶり,それ らを日本語で懇切丁寧に解説した ウェブサイトなどを日本の有志の 研究者がたくさん作成してくれて いることが分かり,これを活用し ない手はないと思ったと同時に, とても感謝をおぼえました。講義 については,夏学期は動画配信で オンデマンド実施しましたが,動 画の作成・編集がかなり大変で, 数時間かけても数十分の動画しか できないことがかなりしんどかっ たです。ですが,この経験で得た スキルが,今後実験刺激の作成な どに役立ちそうです。 ■インタビュアーの自己紹介 今,どのような関心をもって 研究に取り組んでいるのか 私は,社会心理学の分野で,防 災行動に関する研究をしていま す。世界中で自然災害に対して準 備しておくことが呼びかけられて いますが,防災意識が高い日本で すら,個人の防災は不十分です。 社会心理学の領域では古典的な問 題である態度と行動の不一貫を 解決する手段として,記述的規範 (多数の他者がその行動をとって いるという情報に基づく規範)が 防災行動を促進する効果,そして 意図せず防災行動を抑制してしま う効果について研究しています。 インタビューを行った感想 鈴木先生が行っている対人認知 研究は,社会心理学でも重要な分 野であるにもかかわらず,インタ ビューするまで私にとってはやや 遠い研究分野でした。それは,私 の研究が「個人差」に大きな関心 を払ってこなかったからだと思い ます。外的な要因が影響すること で,集団間(たとえば実験群と統 制群の間)に違いをもたらすとい う側面に注目していたからです。 鈴木先生のご研究でもっとも印象 的だったのは,顔から人物特性を 推論するメカニズムの解明と同時 に,その信念の個人差にも着目し ておられたことです。 もともとインタビューにあたっ て,鈴木先生が対人認知研究とエ イジング研究という二つの視点か ら研究を進めておられる経験をぜ ひうかがいたいと思っていまし た。私は現在一つの研究テーマだ けを取り扱っているので,今後複 線的な研究戦略をとる場合の参考 にしたかったからです。実際のイ ンタビューでは,鈴木先生がその うち対人認知研究だけでも,その メカニズムに加えて個人差(信念 に関する尺度研究)からもアプ ローチし,かつメカニズムの研究 についても特性推論そのものに行 動的に迫るとともに神経メカニズ ムの研究も手がけられていること に驚きました。多角的に研究を進 めていくことの重要性を学ぶこと ができ,私にとってとてもよい機 会になりました。 今回のインタビューは,東京の 鈴木先生と京都の私の間でZoom を利用して実施しました。直接お 目にかかれなかったのは残念で すが,ビデオ通話でもご研究のお もしろさが非常によく伝わりまし た。 Profile─おざき たく 同志社大学大学院心理学研究科博士(後期)課程。 専門は社会心理学・防災。論文に When Descriptive Norms Backfire: Attitudes Induce Undesirable Consequences during Disaster Preparation(共著, Analyses of Social Issues and Public Policy, 2020)など。